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Ⅰ話 決―ビギン―
 

 コウくん――本名櫻坂康太郎とは最近妙なことで縁を結んだ知り合いだ。
 師匠から糸蓮を譲り受けるつい一週間前、ぼくの行きつけの大きな食堂で相席になったのが発端で、お互いを渾名で呼び合うくらいには親しくなった。友人未満知り合い以上といっていい関係だが、彼が相手の懐に自然に入ってしまう人柄のせいで初対面とは思えないほど色々なことを話してしまうくらいには、彼は信頼できる人間だった。
 といっても、櫻坂康太郎という人物はちょっとした有名人で、ぼくは彼のことを元々一方的に知っていた。食堂ではいつも大勢の人の輪の中心にいて、澄んだ笑い声は遠くまで届く。十七という年齢での軍兵はそう珍しくもないが、大分崩した陸軍の軍服についている胸章は彼の実力が証明されている証だろう。しかしいつも人々の中心で屈託なく笑っている姿ばかり知っているせいか、世間の心象のよくない陸軍の軍人とはあまり実感がなかったのは、事実。それは認める。
 だけど――……

「あ、あー……うん。まさかこんなところでとっきーと再会するとは思わなかったけど、まあつまり俺はお前さんらを守れば良い訳だろ?」
「うん……うん……ぼくもまさか今君に会うとは思わなかったから、すごい驚いてるんだけど」

 緊張感のある雰囲気が霧散したせいで、ぼくもコウくんも気が抜けた。思わず苦笑いが浮かんでしまうくらいだ。しかし他三人は違う。未だ言葉を発さずに糸蓮以外は唖然とぼくたちを眺めていた。

「トキヒト」
「なにかな、糸蓮」
「この方はトキヒトのお知合いですか?」

 おそらくは、糸蓮のこの問いがここにいる全員の総意だということはぼくにも分かる。師匠はこれを予想していたのかしていなかったのか分からないけれど、ああ多分予想してないな今回は。あの人無意味に意味深なときがあるからなあ。ぼくらと年齢が近くて実力があって一癖も二癖もある同行人になじめる人物なんてちょーっと考えればすぐに候補は上がるだろうし今回はただの偶然だろう。嬉しいような今後の展開が不安で仕方ないような……。

「うーん、知り合いっていうか……」
「友達、だな。よろしく頼むぜ、人形のお嬢さん」
「ご友人様でしたか。よろしくお願いいたします」

 なごやかだ……。最近見た中で一番和やかな会話をしている……。
 コウくんは相変わらずの快活な笑みを顔面に乗せたまま糸蓮の手を握り、もう一度よろしく、と挨拶をし、隣にいたアイズリーの彼女にも握手を求めた。

「こっちのお嬢さんも、よろしく」
「ええ、伺っています。サラ・アイズリーです」

 そしておもむろに軍服を整えると、コウくんは右手を額に当ててお手本のような敬礼をする。そのときにばちり、と目が合って、少しだけ口角をあげて笑って見せてくれた。……くそう、こういうのが嫌味にすらならないくらい様になるんだよなあ。

「――この度、鎮目時仁殿、糸蓮殿、サラ・アイズリー殿の護衛に任命されました、陸軍少尉、櫻坂康太郎と申します! この命により、あなた方を必ずやお守り申し上げましょう!」

 びりびりと室内が震えるような、そんな錯覚さえあった。そう大きな声でもない。けれどその芯の通った意思の塊を、ぼくは直接心臓にぶつけられたのだ。ただの宣言で。たかが、それだけで。
 ああ、ぼくを友達だとあんな平気にのたまった男は、ぼくが思ったより最高にすごい人だったのだと、今思いがけず知る羽目になった。
 ていうか、え……?

『友達未満知り合い以上といった関係だが――』

 そう先ほど僕自身の脳内語りが巻き戻される。

「……っえ?」

「どうしたんですか Mr. 鎮目」
「どうされました、トキヒト」

 敬礼を戻し、コウくんは桜庭さんの出したお茶をグイッと一気飲みすると「だから安心していいぜ、とっきー!」と一言。心強いことこの上ない。ついでに求められたままハイタッチまですると、妙に場違いなパァンという乾いた音が寂しく響いた。
 え?

「えっ!!?」
「さっきからどうしたんだ、とっきー。妙なものでも食べたのか? 拾い食いは良くないぞ?」

 みんながぼくを見ている。それは心配だったり、不安だったり、よく分からない奇妙なものを見るような目つきだったり。様々、様々な目線が集まってはいたけれど、ぼくは全くそんなことに気になっている状況ではなかった。

「ですから、どうしたのです――」

「――ぼくたち友達なの!?!?」

「そこからぁ!?」

思わずアイズリーの彼女が被っていた分厚いにゃんこも忘れて突っ込むくらいには、ぼくの発言は的外れだったらしい。


 

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