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 三枚が見習いや新人のパペッターのこと。ぼくの桜の枚数もこれだ。
 四枚が新人を終えた一人前のパペッターに貰える枚数だ。殆どのパペッターはここで止まる。
 四枚半。数えれば五枚の花弁だが、これは少し事情が違う。正式な五枚ではなく、五枚のうちの一枚が小さくなっているのだ。簡単に言えば五枚見習い。飛び抜けた才能を持つ者がここまで昇格するのだという。一般的にはこれも五枚として扱われる。
 そして最後に五枚。完璧な桜。これはもはや化け物なのだと師匠が言っていた。つまり化け物だ。世界でも数えるほどしか居ないらしい。
 で、目の前を歩く彼女。サラ・アイズリーが桜四枚半を持つ、所謂『天才児』らしい。
 さっき桜庭さんが言っていたことといい、彼女の持つコートの紋といい、ぼくには随分勿体無い人にサポートされているのでは、と恐れ戦いている現状。誰か何とかして欲しい。
 あと師匠の交友関係が非常に気になる。あの人謎すぎる。

 

 「と、ここまでで質問はあります?」

 

 突然振り向いた彼女にドキッと肩をビクつかせた。
 糸蓮は何とも反応せず相変わらず飄々としていて、糸蓮は何にも悪くないけど、ぐぬぬと悔しくなる。

 

 「えーっと、……あ! ギルド内において禁止事項とかあるかな? ぼくたち、なにも知らないんだ」
 「ああ、それは受付の掲示板にも書いてありますから詳しくは後で見てください。とりあえず知っておいた方がいいのは、そうですね。――パペッター同士の決闘だけは、気をつけた方が宜しいかと」
 「決闘……?」

 

 あまり宜しくない単語だ。そもそも何のためにそんなものがあるのか。そう思っていたら糸蓮が先に尋ねていた。

 

 「決闘とは、一体なんでしょうか」
 「その通りのものですよ。理由はそれぞれ違いますけれど、主にお互いに譲れないものを賭けて闘うのです。リスクが大きいのであまりやる人はいませんね」
 「え、リスクって?」
 「まあ、負けた者は必ず賭けたモノを失うわけですから」

 

 すると彼女は「そうですね……」と考える素振りを見せてから、ふと顔を上げ思いついたようにニヤリと笑った。
 それに思わず後ずさってしまう。

 

 「なぁに、決闘のやり方は簡単です。――相手に宣言するのです。そうすればギルド内を回っているセキュリティ用の人形が、申請を受理してくれますから。ほら、この様に。

 私、サラ・アイズリーは鎮目時仁に決闘を申し込む!」

 

 ――え、

 

 「ええ!?」

 ☆

 ちょっと待て、唐突の展開過ぎて頭が付いていかないんですけど?
 何でぼく正式にパペッターになって一日目でこんなことにならなきゃいけないの!?

 

 「一体どういうことだい?」

 

 ああ、事態を把握して駆けつけてくれた桜庭さんはやっぱり良い人だ。
 本来なら誰が止めても執行されるらしい決闘の宣言に待ったをかけてくれている。野次馬も多くなってきて、事はどんどん大きくなっているというのに当の彼女は慣れているかのように涼しい表情をしている。
 最初に感じた彼女に対する恐怖もあながち間違っていなかったようで、今の彼女がぼくを見る目つきは鋭くそれだけで人一人殺せそうだ。

 

 「そのままの意味です。彼に決闘を挑みたいんですよ」
 「その意味を君は十二分に分かっているはずだろう? 彼は、時仁くんはまだ桜が三枚しかない新人だ! 君に敵うはずもない! そのことを分かってて言っているのかね!」
 「ええもちろん分かっていますよ。――だからこそ、私は彼が気にくわない!」

 

 彼女は声を荒らげた。その口調や声色には先程の気品など一切感じられなくて、ぼくは一歩、また一歩と後ずさる。

 

 「もう一度言うわ! 鎮目時仁! 私はあんたに決闘を申し込む!」

 

 ぼくはもちろん断ろうとした。したけれど、やはりぼくは不運と根強い関係のようで。
 ぼくが断ろうと口を開いた途端、誰かの声が被ってぼくの声は聞き届けられなかった。

 

 「その勝負、お受け致しましょう」

 

 誰かって? うちの子(糸蓮)だよ! 敵は身内にいたのです!! 何故だこの野郎!!
 本当にちょっと待って。ぼく涙出てきた。
 もういっそどうにでもなれってんだ。

 

 『決闘申請を受理いたしました。これより決闘準備を開始します。当人は決闘場へ移動してください』

 

 近くにいたセキュリティ用の人形が機械音声を上げた。
 これは完全にやらなければならないようだ。
 死にたい。

 

 「……時仁くん、もう拒否(キャンセル)は出来ないよ。一度引き受けた決闘は終わるまで続行される。――案内しよう。決闘場の場所は、もう知っているだろうけれどね」

 

 ぼくたちは歩き出した桜庭さんの後を無言で着いて行く。ついさっきまで歩いていた道だ。
 決闘場の場所はそう遠くはないけれど、近くもない。あと五分は歩くだろう。
 ぼくたちの後ろでこそこそと野次馬も着いて来ているのは知っているがそれに構っていられるほど、今ぼくは穏やかじゃなかった。
 それはそうだ。桜三枚が四枚半の天才に敵うわけがない。ぼくに勝ち目なんて最初からないのだ。
 しかも彼女は分かってて言っている。新人いじめにしては酷すぎると思う。
 ぼくはこそっと糸蓮に耳打ちする。

 

 「きみ、何のつもりで決闘を引き受けたの」
 「勝手をして申し訳ありません。けれど私は負けるつもりなど更々ございませんのでご安心を」
 「負ける負けないじゃないんだよ。ぼくたちは勝てないんだ。例え、きみが師匠の最高傑作だとしても、経験が無ければ意味が無いんだ。ぼくと違って彼女は人形と向き合ってきた期間が違う。――今のぼくには君を扱ってあげれるだけ、君に対する理解がないんだよ」

 

 まだ覚悟の出来ていないド新人。
 そんな奴が桜四枚半の猛者に勝てる訳がないのだ。
 ぼくは糸蓮に小さく御免、と呟いて再び前を向く。

 

 「――着いた」

 

 この言葉を誰が言ったのか、ぼくは分からない。ぼくが言ったのかも知れない。桜庭さんかそれとも彼女かも知れない。
 正直、ここの記憶は曖昧で、ぼくは本当は何をしたかったのか分からない。けれど。
 ぼくたちパペッターは立ち位置に着く。糸蓮もぼくの前に立って戦闘準備をしていた。

 

「一応、紹介しておくわ。私の相棒(ドール)、『ヘルム』というの」

 

 そして同じく彼女の前に立った、彼女の人形を見てぼくは唖然とした。
 いつの間に居たのか。彼女の後ろからひょこりと出たそれは、愛らしい瞳をこちらに向け、翼を翻して大地に降り立つ。
 その過程で驚くことに、彼女の肩に乗る程度だった小さな体はやがて大きくなっていく。
 彼女の何倍もある体躯と凶暴な姿は、西洋のお伽噺で見る“ドラゴン”にそっくりだ。
 ひぃ、と喉の奥から悲鳴が漏れる。これは勝てるわけない、とぼくは改めて思った。

 

 「私はあんたなんかに絶対負けない。賭けの内容は、あんたが勝ったら私は何でも言う事を聞きましょう。でも、あんたが負けたらパペッター、辞めてもらうわよ?」

 

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、しかし真剣そのものの表情でぼくを睨みつけた。
 フィールド上で機械音声が響く。

『決闘準備完了。カウントダウンを始めます。参、弐、壱――始め!』

 

 

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