「ここ、かあ」
大きいな。それしか感想が浮かばない。
千代田区の一等地。ラッシュ時の東京駅とまでは言わないが、常に人が多く活気づく場所だ。
その千代田区の一際目立つ、洋館の建物の前にぼくたちは立っていた。
「確認しました。人形遣い協団(パペッターギルド)で間違いありません」
「うん、そうだろうね。ここ以外って言われるとは思っていないよ」
自己主張の激しすぎる建物の中心部分には大々的に《人形遣い協団》と書かれているのだ。間違えるはずがないだろう。
大きな建物に見合う大きな扉に手を掛けて開けようと力を入れた。
――しかし予想よりも遥かに扉は重くなく、勢い良く開いた扉にぼくは力を掛けていた分思い切り前のめりに顔面からの着地をする羽目になった。
ズザァ、ととても良い音が響いて、瞬間その場の音が止まった気がした。
視線が、この場にいる人数分ぼくに注がれる。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はははは。うん、そうだねいつものことだよね。大丈夫大丈夫。ありがとう」
空笑いだと、多分ここにいた全ての人間は気づいただろうがぼくは無視する。
不運だとは知っていたけれど! ここまで! ここまで徹底的に不運じゃなくても良いと思わない!? 普通あの扉があんなに軽い力で開くとは誰も思わないだろう!!
「――大丈夫かい? 君」
悶々としていると職員らしき人が心配をして声を掛けてくれた。黒髪に少し白髪が混じり、裕福そうな見た目をしていた。ほわほわと笑うその様は穏やかな雰囲気を纏っている。
一見して、優しそうだな、と思った。
「あ、はい! すみません。みっともない姿をお見せして」
「いやいや。分かるよ、あの扉は随分見掛け倒しだからね。初めての人は君と同じようになるのも珍しくはないんだ。……ほら、あそこで蹲って悶えている輩が大体そうだと思っていい」
倒れたぼくに優しく手を差し伸べてくれたこの人は、資金の問題もあるけれど新人弄りとしても面白いからそのままにしてあるんだ、と大らかに笑いながら言った。
「で、君が時仁くんだろう? それでそこにいるのが葉守華子の最終傑作の――」
「肯定します。その情報は葉守華子からですか?」
「そう。葉守さんとは昔からの馴染みでね。君たちのことを任されているんだ」
どうやら師匠からぼくたちのことを事前に聞いていたらしい。じゃあこの人が師匠の言っていた“信頼できる人”なのか?
「ああ! 紹介が遅れたね。葉守さんからよく君たちののことを聞いていたせいで初対面の気がしなかったんだ。私は桜庭信慈、ここの協団長(ギルドマスター)だよ」
思ったよりもずっと偉い方だった!
聞けばパペッターではないそうで、師匠の言っていた人ではないらしい。
「初めまして、鎮目時仁です。こっちは先日ししょ……、華子さんから譲り受けた人形の――」
「糸蓮と申します。以後お見知りおきを」
優雅にお辞儀をする糸蓮に桜庭さんは目を細めて、こちらこそ、と笑みを深めた。
「さあ二人とも此方においで。君たちを正式な人形遣い(パペッター)として心から歓迎しよう」
そんなこんなで順調に登録は進んだ。
登録自体は時間がかからずすぐに終わり、桜庭さんと別れて約束の時間に少し余裕を持って待つ。
人形遣い協団(パぺッターギルド)一階、食堂テラス。
朝食を食べてる人が疎らに居る中、ぼくはテラスの指定された席へ座っていた。
ちなみに糸蓮は席を勧めると断られてしまったので、ぼくの傍に立っている。
そして。
カタンとテラスの扉が開く音がした。
「あら、結構早く来たと思ったのだけれど……」
その人物は、約束の時間十分前ぴったりやってきたのだ。
「あの、鎮目時仁さん……ですか?」
ぼくの視界に入ってきた濃い紫。
それはつい先ほど、数分だけだけれども確かに助けられたあの美少女で。
彼女の方もぼくの姿を見て覚えがあるのかピシリとその場で身体を固めた。
「え、」
「えっ」
「うそ、貴方が華子さんの……!?」
ぽつり、と本当に無意識のうちに溢れた声。その声はぼくにも届き、確信する。
この子が、華子さんの言っていた人形遣い(パペッター)なのだと。そして会うべき約束の人。
「お知り合いですか? トキヒト」
糸蓮が不思議そうに聞いてくる。
恐らくこの出逢いが、ぼくの運命を劇的に変えたのだろう。